テーブルの上に「formula version 1.0」となぐり書きされたCDrが置いてあってこれは実はプレス直前までformulaのCDは2枚組の予定だった、ということの証左でありリリース時には通常の1枚ものになったわけだがなぜ2枚組だったのか、ということに関しては若干の説明が必要だろう。
まず2枚目には何が収録されていたかというと、こちらでは演奏された音楽だけが入っているのかと思いがちだがまったく逆で音楽を取り除いた雑踏のみが若干の電子音を追加して収録されている。これこそがformulaの正体で、本盤で演奏されている音楽は演奏者の記憶が漂っているだけの、いわば実像のないものに過ぎない。もしくは「かつてはそこにあったかもしれないもの」とも言えるだろうか。
当初のアイデアとしてはこの「version 1.0」をPCに取り込み購入者の好きな音楽、つまりポップス、歌謡曲、ノイズ、ジャズ、クラッシック、民族音楽なんでもいいのだがこの雑踏と好みの音量でミックスしてもらうとその音楽自体、またはそれを愛好する購入者自身と世界との距離、過去の関係性がぼんやり浮かび上がってくる仕組みだった。
なぜ「version 1.0」の追加を断念したかはさておいて、formulaは「個人的な演奏者の記憶」が世界の中に溶け込みそれが不明瞭な遠景のような形で映し出される作品だった。それから数ヶ月、現在世界は予想だにしなかった事態の中にある。そしてこの作品の音像/雑踏には焼けつくような懐かしさしか残らなかった。