月別アーカイブ: 2015年6月

遊戯の終り

 幡ヶ谷のオールナイトイベントでDJ。湯浅さんとは久しぶり。触媒夜(というかkito-mizukumi rouberの)内田くんとも久々。最近は色々なユニットに参加しているようだが一貫して姿勢がブレないのは彼らしい。
 内田くんと旧交を温めていると「お久しぶりです」と隣に居た男に声をかけられたが一瞬誰だか判らず、「山ノ内です」と言われて20年ぶりじゃないか。最後にモダーンで会った頃の、ラリラリで最早先の無さそうなイメージしか残ってなかったが、今は至って健康そう。やがて中原も遅れて到着。 
 あの頃、明大前周辺で知り合った少し下の世代がそれぞれ別の居場所を見つけているようだ。当時、なにげなく喋ったこと、こちらはとっくに忘却の彼方なのに相手は一言一句覚えている始末で、めったなことは言えない。

 夜が明けて解散、遊びに来てくれた新宿Tのダンくんと一緒にポツポツ喋りながら帰路に着く。朝5時だというのに昼間の様に明るい。

Share Button

all through the night

 新宿Tにて深夜までいつもの連中と。最近出た何枚かの新作について。やはりあれは良かったのか、早速手に入れないと、とか。
 ライブ活動に於いての演奏者に対するオーディエンスやスタッフによる有言無言の圧力とダサいことをやってしまっている自覚があるのに(無ければ問題ない)続けざるを得ない(期待に応えなければいけない)状況とそこから脱するには方法はあれしかなかったじゃない?何故今また同じ事を?と問われて明確な答えが用意できなかったという事実。
 あとは歌詞とビート、メロディと声の密接な関係が失われてきている、というかそもそも最早求められていないのではという昨今の日本楽曲事情。
それぞれ微妙に違うスタンスだが基本的な部分で共鳴出来る事が多いので妙な疑念は生じない。このような乱雑な文章でも自分なりに読み解いてくれていることには感謝する。
 サウンドは相似形のようにみえて基本的な出自の違いからやがて露になってくる乖離感。「カネでは動かない、ということなんだよ」とS。
勿論だよ。

Share Button

inbetweens

 そんなわけで10数年、いわゆる業界的(?)なものに片足突っ込んだり横目で見て見ぬフリをしながらやりすごして来たのだが、ここへきていよいよ自分の許容量を越えて来た、というかそもそもなんでこんなところに居るのかよくわからない。いくらなんでもここではなかっただろうという苦々しい自嘲が日々増大する一方ですこぶる具合が悪い。プチ芸能やエセ業界ごっこ、セミメジャーでしかない日本のインディーがどういう層に支えられているかもよく判ったし、ここでは批判や批評というコトバ自体が無効なのもよく判った。経験としては面白かったかもしれないが居るべき場所ではなかったということかな。
 30年前に捨てたはずの手法をこのぐらいの受け皿にはこの程度の塩梅で、と再利用していくことのうしろめたさと連綿と続く墓暴きへの徒労感は本来ならクラブシーンに請け負ってもらうべきものだったが優れたDJにはある(べき)だろう引用する文脈に対する批評性が、どこまでも未熟なこの業界にはまるで欠如していた。 言い換えれば未熟でなければ存在出来ないのがこの場所であり何かを視てしまったり知ってしまったりすればたちどころに「面倒くさいやつ」として追放されてしまうのだ。こうしてAマイナーはメジャー7thに駆逐されて行く。
 なんでも知ってそうなひとは話してみると実はなにも知らない。知ってるフリをした方がここでは上位に居られるからで、突き詰めようとすると概ね面倒くさがられるか話題を変えられる。その対象に関して語るべきことなどハナから持ち合わせてないから。インターネット以前なら、一般には知られていない◯◯を知っている、ということはそれなりの時間をかけてそこまでたどり着いたということだったが現在ではただその固有名詞を知っているという事実でしかない。昔ならそれを知っているだけで一目置かれたかもしれないが今ではそういったマイナーな名前を出された瞬間に萎える。それは大概の場合、自分はこんな変わったものが好きなんですというコンプレックスの裏返しの優越性や承認欲求の道具としてしか使われていないような気がするからだ。更にSNSのようなツールの中では単にフォロワーを増やす為の検索キーとしてボロボロに使い捨てられて行く。
 そんなこと最初から判ってたでしょ、と言われれば返すコトバもないが、みなさんそんなことより「◯◯のXXさんって、最近どう?」みたいな同業者の動向や囲い込みにの方に熱心なご様子だし。
 クレジオじゃないけど、どっちつかずの無限に中間なところに居たかった自分としてはそろそろどこか別の場所に流れていきたいかな、なんてね。

Share Button

DJ

All night psychedelic DJ party “Trip Thru Hell”
WEREWHEELS from Chicago USA 来日記念 DJ PARTY (English details : see below)

6月20日(土)幡ヶ谷forestlimit
http://forestlimit.com/fl/

DJ:
WEREWHEELS aka Plastic Crimewave and Dawn Aquarius (Chicago, USA)
中原昌也
石原洋
DJ鶯aka.湯浅学
SEI from bonobo

SPECIAL LIVE:
NORD (片山智+長谷川洋+内田静男+α)
mandog + 田畑満 guitar duo

2000 yen
23:00 open/start – till morning.

Chicagoサイケデリック・シーンの中枢を担うPlastic Crimewaveが、自身のスペース・ロック・デュオ・ユニットWerewheels を率いて十数年ぶりに来日!サイケDJとして、豪華絢爛DJ陣と共演!

ー PLASTIC CRIMEWAVE (STEVE KRAKOW) ー

90年代からシカゴ・アングラシーンを支える重鎮サイケデリア。
2001年より現在も活動するスペース・サイケデリック・パンクバンド「Plastic Crimewave Sound」を率い、多くのアルバムや7”シングル等をリリース、これまでにアーサー・ブラウン、ロッキー・エリクソン、YAHOWA13、Acid Mothers Temple等とツアーを行う。またYAHOWA13のギタリストJINとの合体も果たし、アルバムのリリースとツアーを行った。
ミュージシャン活動とは別に、アメリカン・コミックの作家&イラストレーターとしても活動、シカゴを拠点とするレーベルDrag City関連作品を中心に多くのアートワークを担当する一方、コミックライターとして世界各国のコミックイベントにも招聘参加。
サイケデリックロック・レコードのコレクターとしても、ビンテージ・アメリカンコミックの蒐集家としても有名な彼は、サイケマニアの間ではバイブルとさえ云われるサイケデリックマガジン「Galactic Zoo Dossier」を主宰編集執筆発行。全て彼1人の手により製作されるこの雑誌は、記事は勿論、掲載されるイラストも全て彼の手による。また付属するCDには、彼の膨大なコレクションからセレクトされたレア音源が満載、彼のイラストによるサイケデリックロック・ミュージシャン・トレーディングカードもオマケで付けられ人気を博している。現在は彼自身の自主発行からDragCityとの共同発行に変わっている。
自主レーベル「Galactic Zoo」も主宰、自身の音源の他、関わり深いミュージシャンの音源も多くリリース。また近年Drag Cityよりリイシューされている一連のサイケデリックロックやアシッドフォークは、彼のセレクトによる。
今回、7″シングルによるサイケデリックDJ、そして男女デュオによるサイケデリックバンド「Werewheels」として、2度目の来日を果たす!

______________________

All night psychedelic DJ party “Trip Thru Hell”

20th June (sat) forestlimit Hatagaya Tokyo
http://forestlimit.com/fl/

DJ:
WEREWHEELS aka Plastic Crimewave and Dawn Aquarius (Chicago, USA)
Nakahara Masaya
You Ishihara (ex. White Heaven, ex. The Stars)
DJ Udusu aka Yuasa Manabu
SEI from bonobo

SECIAL LIVE:
NORD (Satoshi Katayama + Hiroshi Hasegawa + Uchida Shizuo + α)
mandog + Tabata Mitsuru guitar duo

2000 yen + drink order
23:00 open/start – till morning.

Share Button

冷淡辛口

 10代の頃、雑誌で読んだインタビューで今も印象に残っているセリフが幾つかある。ひとつはデビュー前、日本でも新聞や雑誌をにぎわす以前のジョニー・ロットン(現ライドン)の「おれたちゃ全てが憎いのさ」であり、もうひとつはスーサイドのファーストをリリースした当時のアラン・ヴェガの「僕らは人生をあきらめた」だった。あとポップ・グループがデビューした時の「他人に出来ないことが僕らにできるはずがない」というのも。個々の音がどうだったかは別で、あくまでコトバとしてだけども。
 どれも翻訳モノだし、前後の文脈が不明なので活字になったものと実際のニュアンスに隔たりがありそうだが、そんなことはどうでもいい。それまでミュージシャンで「全てが憎い」だの「人生を諦めた」だの「他人に出来ないことは自分にも出来ない」などと発言しているのをみたことはなかったからだ。大概は自分を必要以上にでかくみせようとしたり、反対に謙遜してへりくだったりしたものだったので、これらを読んだ時は胸のすくおもいがすると同時にシンパシーめいたものを感じたりもした。
 
 あれから幾星霜。僕は相も変わらず世の中のほとんどの物事や人達が嫌いなのだ。誤解されたくないのでひとこと加えるなら、憎い、などというドロドロした感情ではまったくない。例えばモツ煮が嫌いでもモツ煮が憎い、というひとはいないだろう。
 じゃあ特に何が嫌いかって?それはまた今度会ったときにでも。

Share Button