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 以前書いたとおもうけど74年発行の音楽雑誌(今気づいたがこの時代、中学生だった自分にとって音楽雑誌とは洋楽専門誌との認識があった)、「プラス・ワン」の特集で日本のロックのアルバム(もちろん当時出たばかりの)をアメリカの音楽ライターに聴かせて評論させる、という記事があった。フラワー・トラヴェリンやミカ・バンドのファースト、はっぴいえんどやトゥーマッチまで好き勝手にレビューされていてけっこう面白かったが、中でもスピード・グルー&シンキについて書かれたものがとても興味深かったのでちょっと引用してみる。

「スピード・グルー&シンキという、ドラッグをそっくりそのまま名前にしたようなグループには、誰だって驚かざるをえないが、事実彼らにはびっくりした。このグループはストゥージスよりナマで、初期のヴェルヴェット・アンダーグラウンドより退廃的で、ゴッズより音楽性にとぼしい〜事実、彼らの歌はどれも、歌詞からみてもサウンドからみてもニヒリズムをとおりこしている」

 海外の音楽レビューにはこういった比較/比喩の類いが多く見受けられるがこの文章から受ける異様なカッコ良さは筆者がストゥージス、VU、ゴッズ(もちろんあのESPのGodzだ)というそれぞれのバンドの、その時点でたかだか10数年ぐらいしか経ってなかったロック史に於ける固有の文脈と立脚点を割と正確に把握していたからこそ、その3つのバンドを知ってる者にとって説得力があったのだろう。VUとストゥージスが並列されることはままあったが、そこにゴッズが加わることによってこのレビューは独自のインパクトをもつ。もちろん筆者はライブはおろか、おそらくバンドに関しての基本情報も持っておらず、純粋にレコードという作品を聴いただけでの感想だ。
 当然日本ではスピード・グルーに関して今も昔もこういうレビューは読んだ事も無く、74年といえばVUは6年遅れてようやくファースト(のみ)が日本盤で発売されたばかり、ストゥージスも淫力魔人がボウイ関係という事で74年に日本発売されたが音楽性というよりスキャンダラスなステージングの方が話題になった程度(日本で現在の高評価は77年のパンク以降に定着、それまではキワモノ扱いだった)、ゴッズなんて昨今の再評価からは考えられないかもしれないが、その頃はESPの輸入盤しかなく、ほとんど誰も知らないだろうし聴いた事もなかっただろうから仕方ないといえばそうなのだが。

 坂本がよく「音楽に詳しいひとに批評してもらいたいんだよね」と言うがそれは個人の思い入れや自己陶酔的な形容詞の羅列ではなく、作った本人さえ自覚していなかったような、まったく違った角度からの鋭い見方を知りたい、という事に他ならない。(余談だがゆら帝がNYに行った時、雑誌の紹介で音楽的類似点というか影響の部分にCANみたいなジャーマンロックとか60年代サイケデリックというお決まりの他に10CCが列挙されていて、おっ、と。坂本はそれほど熱心に10CCを聴いてはなかったようだが自分は初めてファーストを聴いた中学生のとき以来、初期作品は好きだし、ゆら帝中期の楽曲に10CC的コーラスワークをアレンジで使った事があった。そういう意味で音楽集団としてのゆら帝が一番近かった存在は、いにしえのサイケやクラウトの列強ではなくヨ・ラ・テンゴだと確信する。良くも悪くも過去の音楽史への敬意を内包した、的確で効果的な引用と組み合わせの妙が本質という共通点。実は僕はヨ・ラ・テンゴをほとんど聴いた事がないが、おそらく外れてはいないだろう)
 
 それには時系列に沿った膨大な音楽知識とそれを咀嚼解析し自分なりの文脈で構築し直すという時間のかかる作業が必要となる。ブログやツイッターで一般人がそれぞれの感想を書くのはまったく自由でおおいに結構だが少なくともライターや評論家と称する、報酬が生じるタイプの仕事として、あまりにもヒドい文章がまかりとおっている気がする。プロとおもわれるライターが書いた、僕の関係する某バンドのアルバムレビューを読んだ事があるが、(それを出す事でマニアックだなと思われる事を期待した)作家の名前、必然性の無い形容詞の上塗りや硬直した文体など、褒めているのだろうけどペダンチックなだけで、たとえ文学的批評であろうとするにしてもレベルが低すぎて嫌悪感しか残らなかった。
 ある意味、知に対する恥じらいがない、ともいえるだろう。単に知っていることと、知らざるをえなかった(ところまで来てしまった)ことは違うとおもうのだ。自分も若かった頃、似たような駄文を書いてしまってあとで恥じ入った事があるので余計そうおもうのかも。

 ちなみに坂本のTV主題歌シングルをもらったとき、別に批判したわけでもないんだけれどいくつか比較/比喩を羅列してメールしたら激怒されて、唯一それは、まあいいかも、と言われたのが「下町のスティーリー・ダン」だった。

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