深夜喫茶

 山辺くんの深夜喫茶でDJ。佐藤さんの誕生日と坂本のリリースパーティーも兼ねていたので関係者一同集結して、珍しく早い時間から大混雑。
復活した二見くん、 Videoくん、Summitの増田くん、ハイファイ松永くん、新宿Tチーム、久しぶりのUFOチームなども。楽しかったけど朝6時前には離脱。寄る年波には勝てず。

Share Button

goodbye darling

byebye Alan.

Share Button

優雅な距離

 VIDEOTAPEMUSICのレコ発に行ってきた。安田氏の出版記念パーティ以来2度目だったが大きい会場で観るのは初めて。
彼の真骨頂はカットアップ/コラージュされた映像と自己との絶妙な距離の取り方だ。もともとは別の意味性を持っていた映像を断片化して連結させ自らは触媒や口寄せのように別の物語を映像そのものに語らせる手法は所謂音楽DJのやり方とは似て非なるものだと思うし、その手が届きそうで届かない優雅な距離感は例えばソロ以降の坂本の100%オレ、的な作業を突き詰めていった結果、特に今回の新作に顕著な疲弊しきった肉体性と自我との、珍しく明晰さを失ってしまったような重苦しい乖離とは180度違う場所に位置している。
 一応言っておくけれど、これは批判ではなく単純にそれぞれの制作におけるメンタリティの在り処の話だ。僕は坂本が事前の制作意図に反して音の粒子一つ一つまでが無気力で異常にヌケの悪い、いわば聴きどころのない不吉なアルバムを図らずも作ってしまったことに凄く驚いているしある意味この暗い時代を道連れにせざるをえなかった真摯なその姿勢と生真面目さに共感している。これが最近流行りの、いい曲ホリック(と呼んでいるんだが、ポップス黄金律の過剰信仰やコードとメロディ、転調をはじめとする定番のアレンジやビートの全能感に依存するあまりサウンドのストラクスチャーや時間軸への創意工夫を忘却)なポップさ全開なアルバムだったらいくら歌詞が面白かろうが興味を失っていただろう。要するに坂本は誰にも守られていないのだ。
 現代の暗鬱たる八方塞がりのムードを細胞レベルで吸収してしまった坂本とVIDEOくんのやり方は全く違う(そんな二人が共同作業したりしてるという事実もまた面白い)。VIDEOくんのライブを観ていると、あの二つの大戦に挟まれた1920年代から30年代の世界と、そしてやがて来るだろう重苦しい時代をすぐそこに控えた戦前としての現代を生きているものとに共通する、つかの間の享楽と、もう取り戻すことのできない、かつてはあったのだろうまばゆい輝きをとてもリアルに感じてしまうことがある。彼の指一本で時間はある一点まで強引に何度でも巻き戻され、登場人物はからくり人形のように登場/消失を繰り返し、めくるめくスピードで生き返ったり死んだりを繰り返させられる。このサディスティックな無時間性は彼の特徴とも言えるけれどそれ以上に彼の映像や音楽は自分が止めてしまった時間、その一瞬づつに切り取られたフイルムの束への思慮深い逆照射のように思える。
 しかし音だけ聴いているとTAN TANの避暑地の出来事みたいだったりかつてのエキゾぽかったりするけれど(それでも独特の距離感はキープされている)、いつか彼の音楽が映像を、映像が音楽を裏切るような時期が来るとすればその風景を見てみたいよね。

Share Button

summer solstice

20年前のアルバムNext To Nothingのテーマは夏至だった。
36年前のカセットもそうだった。
誰も知らない。誰もわからない。

ずっと同じ

Share Button

long distance

68年に南米・チリの無名バンドが作った曲を、何故か東京のアマチュアバンドが75年にカバーして録音していたというカセット音源を偶然発掘。

そんな感じで録音しました。でもなんだか物悲しいな。

とりあえず6月末発売だそうです。よろしく。

 

yuya

Share Button

some of the people are still alive

クローゼットを整理していたら懐かしいものが。というわけでルイス・フューレイ2題。

 ひとつは83年のELLEに掲載されていたルイス・フューレイとキャロル・ロールのインタビュー記事。フランス語が堪能だった当時のガールフレンドがコピーして記事を全訳してくれたもの。日本版のエル・ジャポンも82年ごろから発行されていたけれど、わが国ではニュースヴァリューに欠けると判断したようでこの記事はオミットされていた。彼女は仏版を購読していたので目ざとく見つけて邦訳してくれたのだ。ルイス・フューレイに関しては当時は(今もだが)情報がほとんどなかったのでとても興味深いアーティクルとして読めた。
 同じ頃、ラフォーレ飯倉(そう、原宿だけではなく飯倉にもあった)にローリー・アンダーソンの初来日を一緒に観に行ったおりに、バックのスクリーンの映像の中に「language is a virus from outer space」というバロウズの有名すぎる(僕でさえ判った)一節が映し出されていたのだが「瞬時には判らなかった、英語能力が無ないのが情けない」と落ち込んでいたのも思い出した。 そういえばハネムーン・キラーズ(マイク・オランデルとヴェロニク・ヴィンセントの)やジョン・ハッセル、ペンギン・カフェ、フィリップ・グラス(芝郵便貯金ホールだったか)なんかも観に行った。今よりはるかに行動範囲が広かったようだ。しかし出てくる固有名詞だけ見てるとスノッブで鼻持ちならないただのガキだな(笑)、まあ一事が万事、こうではなかったのだが。

elle

 もうひとつはルイス・フューレイのセカンドアルバム「The Humours of」が77年にほぼリアルタイムで日本盤発売の運びとなった時、事前に媒体に配られたプロモーション用の日本語バイオグラフィー5枚とプロモ写真。インタビューを模したオートバイオグラフィーになっており面白いのだが、肝心のレコードは邦題、レコード番号まで決まっていながら直前になって日本での発売が見送られた。ちなみに出されるはずだったアルバムの邦題は「ユーモアじかけの欲望と陶酔」だった。

humours

Share Button

midnight cafe

上品なおばあちゃんになっていたRonnyの画像を眺めながらBlue Cabaretを流してみる。

3日はプリンスはかけません。フツーにいつもどおり微睡みますのでよろしくね。

Share Button

what a criminal

オーケストラ・ルナのライブ映像もそうだったけど何年か前にこれを見つけた時も長生きはしてみるものだと思ったものだった。

十中八九、ライブを全くやらなかったグループだと確信していたが、口パク映像とはいえ、これはもしかしたらこの時期、何回かライブをやってたかもしれないとの疑念も湧いてきた。。だとすると音源がどこかに。。。?

そしてこちらは最近発掘されたドイツのTV出演時のもので、こんなものが残っていたとは本当にたまげた。興味のない人には申し訳ないが、彼らのファーストアルバムが生涯フェイヴァリット・トップ10に余裕で入る自分にとってこれが観られるというのは只事ではないんですけど。

Share Button

the ostrich

 無名ガレージ/フラットロック・バンドを集めたコンピレーションの裏ジャケに、短い説明文とともに小さく添えられていそうな割と冴えないモノクロのバンド・フォト。アメ車のボンネットを持ち上げてポーズを決めますは、左からトニー・コンラッド、ウォルター・デ・マリア、ルー・リード、ジョン・ケールの面々。64年、The Primitivesがシングル盤The Ostrichをリリースした頃のひとコマ。そう、のちのVelvet Undergroundの原型。

 コンラッドとケールは言うまでもなく当時ラ・モンテ・ヤングの永久音楽劇場に参加しており、デ・マリアはUCでラ・モンテの学友、リチャード・マックスフィールドから電子音楽やコラージュを学びつつやがてミニマル・アートやインスタレーションの大家として認められていくことになる。たしか波の音にドラムを被せただけとかコオロギの鳴き声のみの音源も制作していた(そういえばオウガの連中が昔、直島行った時に常設してあるデ・マリアのインスタレーションを観てきたと言っていた)。
 つまり、マトモなロック・ミュージシャンはルーしかいなかったが、そのルーとてバッタもん専門レーベルPickwickの雇われソングライターの身分で、会社には採用されなかった「heroin」みたいな曲を書き溜めていた。
 その後、同じくラ・モンテのところに居たアンガス・マックライズとルーの友人スターリング・モリソンが参加してVUが結成される、というのが誰もが知っているVelvet Underground結成物語だが、近年発見されたのであろうこの一枚の写真は彼らのその出発点を、百万語を費やすより遥かにヴィヴィッドにとらえている。
  ご存知の通りジョン・ケール以外は既に全員鬼籍に入っているが、それぞれの足跡を鑑みるにこの組み合わせはやはりとんでもないし、いわゆるロック・バンドの起点としては古今東西類を見ない。

Share Button

TOKYO 2016

 Ototoyの河村くんのセッティングでD.A.N.の3人と対談。若いのにとても思慮深く、3人が3人ともそれぞれ自分のコトバを使って話せる最近では珍しいタイプのひとたちだった。

 アルバムを最初聴いた時は正直とまどいもあったが、それは例えばRoxy Musicのデビュー・アルバムがいきなりAvalonだったら、という混乱に近い。
 そしてそこには古くはVodka CollinsのTokyo New Yorkのアルバム以来絶えて久しかった、東京という都市の猥雑性と未来の無さを描きながらスタイリッシュに崩れ落ちていくような美学があるように思える。その特殊な都市の手触りは、例えば今までの渋谷系や東京インディーズなどにはついぞ見られなかった感触だ。そういう意味で彼らこそ真正の東京のバンドと言っても問題ないと思う。
 最近のにせんねんもんだいの描き出す機械のエロス、それでいて無機的でデータの集積のような都市性と、D.A.N.が映し出す有機的で洗練された魅惑の夜の世界は表裏一体のように感じられる。
 うまくいけば、いつかMETROの1stのような傑作を産み出してくれるかもしれない、というほのかな期待をかけてしまうが、それもまんざら買い被りすぎではないんじゃないかな。

Share Button